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げんた通信


げんた部屋


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げんたです。長々と「げんた部屋」工事中でゴメンねー
ちょっと反省してます。ちょっとだけね(笑)
さて、今回からこの部屋で、げんたが今までに書いた物語を発表します。
まず初回はこれ。
風野潮さん(「ビートキッズ」で講談社児童文学新人賞受賞)の自主制作本に載っけてもらった物語です。
五話連作(もっと増えるかも・・・・)のうちの第四話。
すべて僕が中学生だった頃の、実際の体験を元に書いたお話しなのだけれど、
この第四話目の元になった体験は、特に鮮烈な物だったかな。
へたくそな「小説もどき」を、では、お楽しみ下さい。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 夏至物語 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

              

 その四「立秋物語」

 

「じゃ、行ってくんね」

「あんまり遅くなるんじゃないわよ」

母親の声を首筋のあたりで受け流して、ナップザックを肩に回すと原田摘也は勢いよく駆け

出した。夏の空はゆっくりとその座を太陽から月へと移し、あちらこちらで蛙が鳴きはじめ、

ぽつんと点った赤松の外燈には、早くも羽虫や甲虫がたかっている。

畦道の先に小さな人影がふたつ見えた。ひとつは自転車にまたがっているように見える。

摘也が手を振ると向こうでも振り返した。

「摘也か?」

「うん、雄星?」

「うん」

小さい頃からの遊び仲間で、学校でも同じクラスの友達だ。

摘也は柿色のTシャツの襟ぐりで喉の汗を拭い、傍らに目をやった。もうひとつの人影と見

えたのは、古びた子安地蔵だった。

「お前、もう来ると思って待ってた。乗れよ」

「サンキュー」

摘也が荷台にまたがると、新田雄星はハデなフラッシャーの付いたセミドロップのサイクリ

ング車を漕ぎだした。

「実緒は?」

「先に行って待ってるってさ」

「そっか」

実緒は代々続いた写真館の息子だ。今夜の計画はすべて実緒が練り、その成否もまた彼にか

かっていた。

「なあ摘也、うまく行くかな」

「大丈夫さ」

摘也は片手を背中に回し、ナップザックの中の重みを確かめると、楽しそうにうなづいた。

 

神社の境内で富川実緒は待っていた。摘也たちが着くとふたりの顔を交互に懐中電灯で照ら

し、押し殺した声で「持って来たか?」と尋ねた。

「もちろん」

摘也がVサインを出すと、暗がりに実緒の白い歯が浮かんだ。

「そっちは?」

雄星が尋ね返すと、実緒はそばにあるリヤカーに懐中電灯の光をあてた。荷台の上には風呂

敷に包んだ鳥篭ほどの大きさの荷物が置いてあった。

「ホントにやるんだな?」

「あったりまえ」

「怒られるぜ、めっちゃくちゃ」

「慣れてらぁ。な、摘也」

「ああ」

三人とも興奮からか軽く息が弾んでいる。

「行くか」

「行こうぜ」

目指すは郵便局前の原っぱ、野外映画会の会場だ。

 

夏休みのこの時期を、子供たちは毎年心待ちにしている。「納涼」と冠を付けた催しが続く

からだが、特に今日は最大のイベント日だ。各町内の小学校の校庭では盆踊りが行われ、

川沿いの旧街道は二駅もの長さ連なる夜店で賑わい、川の対岸からは何千という数の花火が

打ち上げられる。

摘也たちの住む町では野外映画会も催された。上映されるのは大抵が古めかしい怪談物か子

供向けの活劇だったが、星空の下で映画を見るのはそれだけで楽しみだ。

映画会場に当てられた郵便局前の広場に着くと、見物客は三三五五に花蓙と蚊取り線香を持

参して集まっていた。広場の奥には縦一間半、横三間の銀幕がしつらえてある。摘也たちは

その銀幕の裏に、こっそりと自転車とリヤカーを停めた。

「技師のおやじ、いなかったな」

「どこかで休憩してるんだろ。チャンスじゃんか」

実緒はリヤカーから積み荷を降ろし、風呂敷の結び目を解いた。中から現れたのは小型の映

写機だった。摘也はナップザックから一本のフィルムを取り出す。

「出来たか?」

「自信はないけど、教えられた通りにやったよ」

「なら大丈夫だ」

現像済みのフィルムの編集を、実緒は摘也に一任していたのだ。編集用の器材もすべて家か

ら持ち出して摘也に貸し与えた。摘也は十数本あったポジを切っては繋ぎ、一週間以上かけ

てなんとか一本のフィルムに仕上げて来たのだ。

「でもなんで実緒が自分でやらなかったの? 慣れてるのに」

雄星が尋ねると、実緒は妙に大人びた表情で「摘也にしか出来ない仕事だからさ」と、

答えた。雄星は「なるほどねぇ」とうなづき、摘也の肩を叩いた。

「なにが『なるほど』だよ」

「いいからさ、貸せよ、フィルム」

摘也からリールを奪い取ると、実緒は手早く映写機に装填した。

「電源はどうすんだ?」

「電池でも動くんだ。五分やそこらなら楽勝」

三人はこわばる顔を見合わせ、無理やりにニッとほくそえんだ。

 

「どう、調子は?」

声がして振り向くと、お下げの小柄な女の子が立っていた。業務用の頑丈な自転車のハンドル

をしっかりと押さえている。

「奈良岡か?」

「うん」

同じクラスの奈良岡友子。彼女も今夜の計画に加わっている。

「どう、調子は?」

もう一度友子が尋ねた。

「バッチリさ」

「そう」

「自転車貸りるよ」

「どうぞ」

摘也は友子に代わってハンドルを押さえ、銀幕の丁度真中に位置するように

自転車を据えた。実緒と雄星は映写機を持ち上げ、ガッシリした荷台の上に置く。

その作業を見守りながら友子は「『なんで自分の自転車で行かないんだ』って、お父ちゃん

に怪しまれちゃった」と、楽しそうに目をクリクリさせていた。

「谷村、来てる?」

「もちろん」

業務用自転車の調達の他にもう一つ、友子は大事な用を引き受けていた。谷村夏代という

クラスメートを今夜の映画会に誘い出すことだ。

「今、屋台にジュースを買いに行ってる」

「そうか」

「ああ、俺もジュース飲みてぇな」

「終わったらお疲れ様ってことで、」

と、友子はポシェットから小さな琥珀色の瓶を取り出して摘也に渡した。トリスのポケット

瓶だ。

「くすねて来ちゃった」

「よっ、奈良岡酒店の看板娘」

雄星が手を叩き、みんなでひとしきり笑った後、真面目な顔に戻って友子が言った。

「夏代ちゃん、喜んでくれるといいね」

「うん」

摘也は空を仰いでうなづいた。空には冴え冴えとした月が、語りかけるように浮かんでいた。

 

広場をほぼ埋めた見物客の大半は家族連れだ。銘々の家から持ち寄った花蓙で麦酒を飲みな

がらのんびりと談笑する親たち。対照的に、興奮の極に達した子供たちはかん高い叫び声を

上げながら辺り構わず走り回っている。

谷村夏代は広場の入口付近に立って、通りの向こうの夜店の明かりを所在なく

眺めていると、友子が小走りに駆け戻って来た。

「ごめんごめん」

「どこに行ってたの?」

「うん、何の映画か聞きに行ってたのよ」

「そう」

と、夏代は両手に持っていたジュースの一方を友子に差し出した。友子は

「ありがとう」と受け取ると、一息に飲んだ。

「それで?」

「ん?」

「映画よ。何だって?」

「ああ、怪獣映画」

「なぁんだ、じゃ、映画はよして河原に行こうか」

「ダメダメ。花火は八時からでしょう?」

「そうだけど、康子たちも先に行ってるし」

「ちょっとだけ見ようよ、映画。もう始まるからさ」

「いいけど、友子って怪獣映画ファンだっけ」

夏代が訝し気に尋ねると、友子は慌てたように答えた。

「もう、エビラなんて最高に好きだわね」

 

控え室代わりにしていた公民館から出て来たところを映写技師は呼び止められ

た。

「すいません。映写技師の方ですか?」

「ああ、そうだよ」

呼び止めた相手は中学生くらいの男の子だ。

「今夜の映画のことで、先生が相談したいことがあるんです」

「へえ? あんた、生徒さんかい?」

「そうです」

「ふうん。もう始めなきゃならんのだがなぁ。そうかい、話があるってかい?」

「はい。学校の職員室で待っておられます」

映写技師は顔をしかめた。

「なんだろうなぁ。やっぱり『大怪獣ガメラ』なんてのは教育上けしからんって

ことなのかなぁ」

映写技師は憂欝そうにぼやきながら、教えられた道を歩いて行った。

その後ろ姿を「『二十四の瞳』だって今夜だけは上映禁止なんだよ」

と、雄星は見送った。

 

準備は整った。

「やるぞ」

「ああ」

「ちっとばかしハデな餞別だけどな。受け取れ、谷村」

パチリと、実緒は映写機のスイッチを入れた。

 

「わあ、始まった!」

前を指差して子供たちがいっせいに歓声を上げた。

真っ白のスクリーンの上に、鶏卵色の四角な光がぽっかりと浮かんでいる。

銀幕に比べて小さすぎるし、輝度もあまりない。それでも見物客は不思議がる様子もなく、

まばらだが拍手さえ起こった。

谷村夏代も楽しそうに拍手していた。

何も写っていないフィルムの導入部分が数秒間続いた後、パッと画面が変わった。

「ガメラだー」「ガメラー」

子供たちの歓声がひと際大きくなる。

けれども画面に映ったのは子供の味方『大怪獣ガメラ』などではなかった。

学校の図書館ででもあるのだろうか、大きな書架をバックにして本を読んでいるのは制服姿

の少女だ。自然光だけで撮影されたものと見えて画面は暗かったが、その少女の美しいこと

は充分に分かった。

首筋で切り揃えた髪を細い指で耳にかけると、少女は初めてカメラの存在に気づいたのか、

驚いて大きな瞳をこちらに向けた。それから片方の頬に縦長の靨を刻んで咎めるように笑

った。

「なにやってるのよ、もう」と、口の形は動いていた。

 

「これ・・・・!」

谷村夏代は言いかけて後の言葉を飲み込んだ。

画面は変わって校舎の玄関だろうか、ひょいと鞄を抱え「バイバイ」と手を振る

夏代が写っていた。また画面が変わり、今度は廊下を運動着姿でやって来る夏代。

おどけてピョンと足を上げている。そして昼休み、友達と机を囲んでお弁当を食べる夏代。

こちらに向かってお箸を振ってみせている。「あっちへ行ってよ」とでも言っているのだ

ろう。そうやってスクリーンには、次から次へと谷村夏代という少女の輝くばかりの瞬間

が写し出されていった。

 

さすがに見物客の間から不審の声が上がり始めた。

「なんだ、こりゃ」「お父ちゃん、ガメラ出ないの?」「オーイ、どうなってん

だ?」

銀幕の後ろにもその声は届き、摘也たちを焦らせた。

「残りどれくらいだ」

「たぶん三分」

「逃げる用意しとけよ」

摘也はこくりとうなづき、ナップザックを背中に回した。雄星は自分の自転車にまたがり、

実緒もリヤカーに手をかけている。けれども三人とも目だけはスクリーンから離さなかった。

「傑作じゃんか、これ」

「傑作傑作っ。でかしたぜ摘也」

摘也たちのいる側からも画面は見えている。小さくあくびする夏代が写っていた。

 

バヤリスの瓶を固く握りしめて、谷村夏代は食い入るようにスクリーンに写るいくつもの

自分を見つめていた。

「いつ撮られたか覚えてる?」

「うん、覚えてる」

消えてしまいそうに小さく夏代はつぶやいた。

「大抵は原田くんが声をかけてくるの、『おい、谷村』って。振り向くと富川くんが8ミリの

カメラで撮影していて、それで二人して『いただきっ』って。怒るひまもないの」

「そうか」

友子は言い、「あいつら、ほんとに好きだったんだなぁ、夏代ちゃんのこと」と、

ほんの少し悔しそうに微笑んだ。

「一秒も見逃したらだめだよ、夏代ちゃん」

うん、見逃さない、と夏代は目を凝らす。

校庭を駆けて来る夏代が写り、ぼんやりと窓の外を眺める夏代が写り、プールのフェンスに

つまらなそうにもたれる夏代が写る。

これはきっと、世界でいっとう贅沢な贈り物だ。このわたしは、原田くんや富川くんの中に

ずっと住んでいられるわたしだ。

涙がこぼれそうで仕方なかったが、夏代は懸命にそれを堪えた。

(見逃してはだめだ、一秒も。わたしの時間を。原田くんや富川くんの時間を)

高い夜空に打ち上げ花火が華を咲かせ始め、広場の人々もみんなそちらに顔を向けた。

ただ夏代と友子だけが、そして銀幕の後ろで摘也たちだけが、やがて記憶に変わるそれぞれの

痛みを、じっと見つめ続けていた。

 

「花火、行きそびれちまったな」

「また来年あるさ」

「そうだな」

町外れの河原に自転車とリヤカーを停め、摘也たちは草の上に寝そべった。

漆黒の川の流れはサヤサヤと優しく耳に響き、風に運ばれて来る縁日の賑わいも心地好く

間遠かった。雄星が友子からの差し入れのトリスのキャップを捻り、「乾杯」と誰に言う

のでもなく言って口をつけた。

「フィルム、どうする?」

「お前が持ってろよ、摘也」

「俺が持ってても仕方ないじゃん」

実緒は雄星の手からトリスを取り、一口飲むと「だったら、燃やしちまえよ」と、摘也に

回した。摘也も黙って苦い液体を喉に流し入れた。

しばらくすると友子がやって来た。

「谷村は?」と、雄星が尋ねると、

「帰ったわ。明日の引っ越し、早いからって」

「そうか」

「ありがとうって言ってた。ありがとうなんて言葉じゃ足りないけれどそれしか知らない

から、ありがとうって」

実緒がフフンと鼻を鳴らし、摘也は怒ったように草をちぎった。

「それから、見送りにはこないで下さい、って」

「行かねえよ」

「行ったら格好つかねえよな」

と雄星が素っ頓狂な声を上げ、みんなで笑った。

「馬鹿だよねー、あんたたちって。でも実際カッコ良かったよ。ほらもっと飲めよ、富川」

「カッコ良かった、か」

実緒はぐいっとトリスを口に含んだ。

「よし、俺がタコ焼きでもとうもろこしでも奢ってやる。奈良岡、リヤカーに乗れ」

「よし、乗ってやる」

友子をリヤカーの荷台に乗せ、実緒は勢いよく走り出した。雄星も自転車でそれを追う。

だが、摘也は草に寝そべったまま動かなかった。

「どうしたんだよ、摘也」

雄星が振り返って呼んだ。摘也は動かない。

「放っとけ」と怒鳴って、実緒は滅茶苦茶にリヤカーを曳いて突っ走った。

どんどん後になる摘也の影はやっぱりじっと動かず、生まれて始めてのどうしようもない

感傷を噛みしめていた。

ありがとうなんて、言ってほしくなかった。カッコ悪くたって谷村の前でボロボロ泣けば

よかった。

−−−谷村、お前はどう思ってる? 今、何してる?

もう会えないのだという残酷な事実を受け入れて、心がちぎれ飛んでしまう前に、せめて

ひと時、僕のすべてが谷村夏代とつながっていてほしい。谷村夏代にもそうであってほしい、

と摘也は願い続けた。

しかし夜空には、逝く夏をねぎらうような大三角形の星たちが、せわしくせわしく明滅する

だけだった。

(了)