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げんた通信


げんた部屋


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気がつけば初夏ではないか。
「げんた部屋」も模様替えしなきゃねー。て、ことで新しい物語です。五話連作(もっと増えるかも・・・・・)の「夏至物語」の、これはその一です。
前回掲載した「立秋物語」同様、僕が中学時代に体験したことを元にしてあるんだけど、思えば実にファンキーな中学時代を過ごしたもんよのう。心中未遂だぞ、心中未遂! あっぶねーよなぁ・・・・。
この頃に出会った連中が、現在の「げんた」の特異な性格に影響を及ぼしているのは、まず間違いないね。それでは、お楽しみ下さい。 追伸 留守がちな主で、ふかーく反省してます。これからは心を入れ替えて、頻繁に模様替え致します・・・・。ああ、溢れる涙でこれ以上 Keyが打てない・・・・。わっはっはっはっは!


☆★☆★☆★☆★☆★ 夏至物語 ☆★☆★☆★☆★☆★

 

その一「立夏物語」

 

昼休みもそろそろ終わろうという時だった。友人とバカ話をして笑い転げてい

た実緒に、教室の後ろの方から誰かが呼びかけた。

「富川くん、いないかな?」

よく通るその声には聞き覚えがあり、ふり向くと扉のところに立っていたのは

やはり大田黒美波だった。実緒が所属する写真部の先輩で、副部長でもある。

慌てて立ち上がった実緒に、美波は楽しそうに笑いかけた。「知らない教室に顔

を出すのって、ちょっとスリルあるわね。しかも下級生の教室」

「はあ。そうですね」

我ながら間抜けな返事だ。実緒は舌打ちしたい気分になった。

「今日って、時間ある?」

「はあ。あります」

「良かった。じゃあ、ちょっと付き合って貰えないかな。萩の森のバス停で待ってるから」

「いいですけど、部会かなんかですか?」

「野暮用よ」

美波は「六時にね」と言い足すと、さっさと行ってしまった。目敏いクラスメ

イトがすぐに寄って来て「なんだ、なんだ?」と尋ねるのを実緒はやりすごして

自分の席に戻った。「知らねぇよ、バーカ」とでも答えたのだろうが、ドキドキ

していたのでよくは覚えていない。

 

大田黒美波とは会えば同じ部の先輩後輩としてごく当たり障りのない話をする

程度で、特別親しいわけでもなかった。だから彼女の言う〈野暮用〉もさっぱり

想像できなかったが、ともかくも実緒は自転車で待ち合わせのバス停に向かった。

美波は、黄色いTシャツとカットオフしたLeeのGパンでベンチに座って待

っていた。普段は編み込んでいる長い髪を解いているせいもあって、妙に大人び

て見えた。

「すいません、待ちましたか?」

「ううん。こっちこそごめんね、急に」

ちっともゴメンと思っていそうにない声で美波は言いながら、実緒の自転車の

荷台にちょこんと腰かけた。

「あの、」

「とりあえず、花萩山まで行こうか」

「花萩山ですか?!」

それは町の東端に位置する小高い山で、中腹にカントリー倶楽部があることを

除けば開発の波から今も守られている。自転車だと三○分足らずで登山口まで行

けたはずだ。

「今からですか」

「うん」

「今から行ったって、あの辺はもう暗いですよ。変電所の明りくらいしかないし」

「道はけっこう広いもの、迷わないわよ」

「登る気ですか?!」

「そうよ、ほら、自転車出して」

何を考えているんだか、と実緒は首を振った。が、よく見ればかなり可愛い

女の子と二人乗りをする誘惑に勝てる自制心も持ってはいない。グッと、ペダル

を踏み込んだ。自転車はこんもりとした萩の木陰の中を走り出す。美波は絶妙な

距離を保って実緒の身体につかまり、小さな声で南沙織の「ともだち」を歌って

いるようだった。

 

「死のうかなぁ、と思うのよ」

予想通りに薄暗い登山道の入口に自転車を止め、歩き始めてしばらくたった時、

美波が唐突に言った。実緒はすぐ後ろにいる彼女を猛烈な勢いで振り返った。

「何んです?」

「だから、死のうかなぁ、って」

杉の梢は、もう微な青みしか残していない空さえ被い隠そうと連なっている。

暗すぎて表情が読めない。読めなくて幸いだ。

「で、ね、もしあれだったら富川くん、つき合ってくれないかなぁ、って」

「えっ?!」

「イヤだったら、見届けてくれるだけでもいいんだ」

「・・・・・・・・。」

酸欠気味の脳みその隅に、ポカンと思考が浮かんでいて、実緒は苦労してそれ

を捕らえた。−−−こいつ、「自殺する」と言っている。

美波の声があまりにも平静だったので、パニックに襲われるようなことはなか

った。それだけでも救いだ。

「死ぬんですか?」

尋ねてから『しまった』と思って美波を見ると、美波はいつもと変わらない

横顔をしていた。

「なんで死にたいんですか?」

「なんとなくかな、」と、美波は言った。

「なんとなく死んじゃう人って、案外多いと思わない?」

「知りませんよ、そんなの」

「知らないか」

「ほんとに死ぬんですか?」

「うん」

「どうやって?」

「これ」と、美波は小さな包み紙を取り出した。中には二○粒ほどの白い錠剤が

入っていた。

(睡眠薬かな。だけど睡眠薬って、あれっぽっちで死ねるもんかな)

実緒が考えていると、包みを仕舞おうとした拍子に美波の手から錠剤が一粒

こぼれて落ちた。実緒はそれをこっそり拾ってポロシャツの胸ポケットに入れておいた。

花萩山の登山道は歩くほどに細くなって行き、今はもうひとりで通るのがやっ

との道幅になっていた。

「道、間違ってないですか?」

実緒が尋ねると、前を歩いていた美波は含み笑いを漏らした。

「間違ってもなにも、だってあたし、適当に歩いてるんだもの」

「ああ、そうか」

これから死のうという人間が、引き返す道の心配をするはずもない。どこか

それらしい場所に出くわせばそこが終点なのだ。

「怖い?」

「ええ、怖いです」

「正直だな、富川くんは」

「それだけが取り柄です」

美波は「うらやましいな」とつぶやいたようだったが、それっきり黙ってしま

った。後は自分の周囲に幕を下ろしたようにして歩き、そしてその黙々とした

道行きを、実緒は不思議と苦痛には感じなかった。

 

どれくらい歩いた頃からだろうか、どこからか水の流れる音が聞こえて来るよ

うになっていた。それはどんどん近くなり、おそらくは美波はそれに向けて歩い

ているのだろう、やがてすぐそばで聞こえるようになった。

「富川くん、滝だ」

美波の言う通り、木立を抜けた先に小さな滝があった。流れも滝壷も本当に

ささやかな物だったが、美しかった。

「ここがいいな」

美波は滝壷のそばにある小さな岩に腰掛けると、スニーカーを脱いで水に素足

を浸した。実緒も近くの岩にあぐらをかいて座った。

「いい気持ち」と、美波は顎を反らせた。そこだけぽっかりと切り取られたよう

に夜空がのぞき、星明かりが彼女の長い髪に柔らかく降りている。

「それではこれから始めたいと思います」

部会を始める時と同じ調子で美波は言った。

「もう帰ってくれていいよ、富川くん。ありがとうね」

闇の中に美波の華奢な顔の輪郭がぼんやり浮かんでいる。少しうつむいている

ようだった。

帰れるかよ、帰れないでしょうよ、普通。

「薬、きみにあげられるほどないしね」

「だったら、」

実緒は短く深呼吸し、それから出来るだけ呑気に聞こえればいいが、と念じな

がら言った。

「だったらやめませんか」

「え?」

「泣きますよ、三年の男子。大田黒先輩、モテるから」

「きみも、泣く?」

「俺はたぶん泣かないけど、もったいないとは思うだろうな」

ポシャン、と美波の足が水を蹴った。

「泣かない?」

「泣きませんね」

もう一度水を蹴る。

「富川くん」

「はい」

「胸ポケットの物、出して」

なんだ、知ってたのか。実緒は肩をすくめ、白い錠剤を取り出して指先につま

んだ。美波は目を閉じて歌うように続ける。

「口に含んでみて」

「これをですか?」

「そうよ」

ほんの少しためらった後、思い切って実緒はそれを口に含んだ。途端に甘酸っ

ぱい味が広がる。

「なんですか、これ?」

「ラムネ」

「ですよね」

美波はうなづいて、残りの物を紙包みから水の流れの中へパラパラと撒き入れた。

「冗談だったんですか」

「どう思う?」

「どうかな、分かりません」

ラムネで死ねるわけはなかったが、冗談と言い切る何かを美波から見つけるこ

とも出来そうにない。分からなかった。ただ、本気だとすればその理由は彼女も

言っていた(なんとなく死にたい)という、それしかなさそうに思う。

「ひとつ尋きたいんですけど」

「なに?」

「どうして僕だったんですか」

「どうしてかな」と、美波は首を傾げた。

「きみの言うことなら、聞けそうな気がしたのかな」

「じゃあ、帰りましょう」

「はい」

「帰り道、分かりますか?」

「ぜんぜん」

「だろうな」

実緒がためいきをつくと、美波は「スミマセン」と可愛い声で言って笑った。

三時間近く山の中を迷い歩いてやっと登山口にたどり着き、「ひとりで帰れる」

と言う美波を無理やり送った後、実緒が自分の家に戻ったのは結局真夜中だった。

父親に頭を一発張り飛ばされ、母親から「もう少しで捜索願いを出すところだっ

た」と散々脅され、何より「どこに行っていたのか」と問い詰められたが、適当

なことを言ってごまかしておいた。

 

翌日学校に行くと、子供の頃からの友達の原田摘也と新田雄星が、口々に昨夜

なにかあったのかと尋いてきた。実緒の家から「息子がおじゃましていませんか」

と、何度も電話があったと言うのだ。

「なにがあったんだ?」

雄星が普段から眠そうな目を更に細めて、再度尋ねた。

「どうってことねえよ、山菜摘みに行ったら道に迷っちゃってさ」

「山菜ぃ?お前がか?」

「悪いかよ」

「悪かないけどさ。でもお前、今の時期に山菜って採れたっけか?」

「俺が知るかよ」

実緒は顔をしかめて机に頬杖をついた。その仏頂面を眺めながら摘也がニコニコ

と笑って言った。

「お前って風流人だなぁ、実緒」

 

美波は何事もなかったように、実緒とも以前と同じくごく普通に接した。いつも

くったくなく笑い、実緒はもう呼び出されるようなことはなかった。ただ卒業間際

に一度だけ実緒の教室に顔を出し、薄い封筒を手渡していった。

実緒は帰ってからそれを開いた。中には彼女が描いたものらしい漫画が一枚入

っていた。美少女の前で片膝をついて花束を捧げる実緒が、当の少女から肘鉄を

食らっている、という図だ。余白には「バイバイ」とだけ書いてあった。その

漫画を見ながら実緒は、(美波はやっぱりあの日、本当になんとなく死にたかっ

たのかもしれない。そして結局なんとなく生きてみることにしたのかもしれない

な)と、思った。それこそなんとなくそう思った。そして、「バイバイ」という

小さな文字に、更に小さくつぶやいてみた。

先輩、まだなんとなく死にたい気分になりそうですか。それともそのうち笑い

話に出来そうですか。そうだといいな。それなら俺、大笑いして先輩の話聞いて

あげられますよ。それぐらいならきっと出来ます。

薄く開けた窓から、春風と言うには幾分冷たすぎる風が吹き込み、手の中の

便箋をはたはたと撫でていた。 実緒はそれを丁寧にたたむと封筒に戻し、机の

引き出しの奥にしまった。

今でもしまってある。

(了)