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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆夏至物語#・・・・たぶん6☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「エピローグ=残暑物語」
谷村夏代が新しい学校に転校して来てから三週間になる。前にいた路線バス
も通っていない田舎町とは違い、ここには何でもあった。急行列車も停車する
駅前には七階建てのデパートがあり、最近出来たというハンバーガーの店があ
り、スーパーマーケットが二つもあった。道はどんなに小さな路地でも舗装さ
れているし、学校の校舎はすべてコンクリート造りだった。学生は誰もが流行
りのバッグと靴で登校し、アイビーやアメリカンカジュアルを巧みに取り入れ
ている。
そして夏代はそのどれにもまだ馴染めずにいた。
今日も同級生のひとりにこう言われて少し憂欝な気分になったものだ。
「谷村さんって、美人なんだからヘアスタイルをもうちょっと工夫すればいいのに」
少しおしゃれな子ならホットカーラーなどを使って、例えば浅田美代子に
そっくりの髪型にして来ている。夏代の顎のあたりで切り揃えただけの髪型は、
確かにかなり無造作だと言えた。けれど夏代は今のままの自分を十分に気にいっ
ていたから、同級生の厚意を(それがお節介であるにしても)うっとうしいと
感じてしまった。そしてそんな風に感じる自分に腹を立て、そんなことで腹を
立てる自分に少々憂欝になった、というわけだ。
学校から帰ると、母親に尋ねてみた。
「ねえ、お母さん、どう?」
台所でじゃがいもの皮を剥いていた母親はきょとんとした。
「どう、って、何が?」
「髪型。わたしの」
「髪型がどうかしたの」
「だから、似合っていない?」
母親はいっそうきょとんとした顔になり「へえ?」と、鼻から抜けるような
声を出した。夏代とそっくり同じ大きな二重の目が、不思議そうに笑っている。
夏代は急に照れ臭くなって、「いいや、もう」と、わざと乱暴な言い方をして
手を振った。母親も今度ははっきりと口の端に笑みを刻み、菜切り包丁とじゃ
がいもを持ち直した。
「手伝おうか?」
「うん、いいわ、今日は簡単に済ませちゃうから」
「そう」と答えて、自分の部屋に行こうとすると、
「ああ、夏代」
「はい?」
「気になるんなら、切ってらっしゃいな」
「何を?」
「髪をよ。お金あげるから」
「ああ、うん」
肩越しに生返事を返しながら、夏代は階段を上った。
二階にある自分の部屋に入るとすぐに、夏代は扇風機のスイッチを押した。
天気予報によるとまだ二、三日は蒸し暑い日が続くのだそうだ。
ポケットからハンカチを取り出して喉の汗を拭い、火照った顔に扇風機の風
をあてた。それから鞄を置こうと机の上を見ると、出しっぱなしにしておいた
大冊の本(それは夏休みの半ばから始めてまだ読み終わっていないマッカラー
ズだ)と並べて、葉書が一葉置いてあるのに気付いた。手にとって、良く知っ
た筆跡で書かれた自分の名前を読むと、夏代の顔はパッと輝いた。
「夏代ちゃん、元気ですか。新しい学校には慣れましたか?
あたしたちは、まぁ相変わらずです。富川実緒がブレーキのいかれた自転車
で田んぼに突っ込んで、左の頬っぺたをハデに擦りむきました。
原田くんは下級生の子からなぜだか密かにモテはじめてるみたいです。
雄星は花萩中学の野球部との対抗戦に負けて以来毎朝5キロ、ランニングし
ています。
あたしは少しだけ背が伸びました。
そんなところです。
夏代ちゃんはどうですか? またお便りします。
追伸、
でも原田くんはまだ誰とも付き合ってはいないみたいです」
右上がりが癖の丁寧な文字で、葉書にはそう書かれてあった。
夏代は五度繰り返して読み、読む度になにかしら暖かい気持ちが喉までせり
上がって、とうとう五度目には「ふぅ」と大きなため息をついた。
「美容院に行くんだったら、遅くならないうちになさいよ」
Tシャツと水玉模様のスカートに着替えて階段を降りてきた夏代に台所から
母親が声をかけた。
夏代は、小さくて丸くてよく弾む肩を食器棚にコツンとぶつけると、
「いいの。もう少しこのままでいるの」と、ささやかに宣言するように言った。
「そう?」
「うん、そうするの」
ただ、どうにも緩んでしまう頬を時々両手の指先で押えなければならなかっ
たのだが。
「なぁに?」
母親が包丁を動かすのを止めて尋ねる。
「いいの」
と、夏代は答える。
「なによ」
「いいの、いいの」
「おかしな子ねぇ」
母親の訝し気な顔を横目で見ながら、夏代は「いいのったら、いいの」と
もう一度言い、晴れ晴れとした気分で、篭の中のじゃがいもをひとつ手に
取った。
(了)
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